Daily Archives: 2013-07-29

「生涯論文数」について

最近、研究者のさまざまな「不正行為の防止」が科学研究の大きな課題になっています。かなり前に、「科学者の行動規範とAcademic Honesty」という記事を書きましたが、依然としてこのような話題が尽きません。

研究の成果を正確に公表すべき論文を「捏造」するという研究者にとっては信じられないことが起こっています。これとは別ですが、研究費の私的流用という犯罪も話題になっています。論文の捏造には複雑な背景があるといわれることもありますが、研究者の学術界に対する、いや、社会に対するきわめて重大な欺瞞行為に違いはありません。それ以外にも、研究者が論文数を過大に誇示することも問題でしょう。

研究成果を学術界に公開し、学術的な評価を受けたあらたな学術的知見を社会に置くということは、研究者の責務だといえますが、一方で、このように、自らの研究活動の成果が学術的に評価されることは、大きな達成感につながるものといえるでしょう。そのような研究活動の成果を不適切に操作して「よい評価を受けようとする」論文を捏造するという行動は、当然のことながら、研究者にあるまじきことです。論文数を水増ししようとして、同一の成果を複数の論文に仕立てるとか、研究に直接的に関与していないにもかかわらず共著者として名を連ねるといったギフトオーサーシップというのも、研究者としての評価を高めようとする自己中心的な欺瞞でしょう。

そもそも、研究者の不正行為として論文の内容が問われるのは、ピアレビューを通して成果の新規性や有用性が評価された上でのことです。研究内容に通暁していなければ不正が分からないので、社会からは閉じてしまっているのが実情でしょう。

学術論文に関わるこのような「不正行為」とは違った側面ではありますが、気になることがあります。研究者がこれまでに公開した「生涯論文数」というのは、研究分野が違っても成果の評価の度合いが分かりますし、一般社会でも注目しやすいでしょう。個人の経歴や業績に関する情報として、学位や研究活動歴とともに「生涯論文数」が示されると、個人の研究活動の概要が分かります。分野によって成果発表の論文数の相場(?)が違うのは当然のことですが、どの分野においても、「学術論文」は研究者によるピアレビューを経て、その分野で一定の評価を受けて学術論文誌等で公表されたものを指すことは変わらないでしょう。

私は、現在のところ約110編の学術論文を公表しています。決して多くはありません。学術論文として公表した研究成果はすべて、個人のWebサイト (http://takeichimasato.net) で公開しています。

最近は、学術論文に関する情報は、トムソン・ロイター社のWeb of Science の他にも、インターネットを通じていろいろな方法で検索できるので、関連研究の調査も効率的に行うことができるようになってきました。Computer Science (計算機科学) の分野では、WoS からは十分な情報が得られないこともありますが、Google Scholar はかなりの情報が得られると思います。自ら著者名で検索すると、手元で記録している論文がほとんどすべてリストアップされていました。わが国で出版公表された(論文以外も含む)文書等は CiNii から得られます。ちなみに、私の論文等は Google Scholar では 約160件がリストアップされます。その中には、大学の専攻で公表していた Technical Report も入っていますので、これをもとにして学術論文を160編だというと、研究成果の水増しになってしまいます。

最近の話題である元東大教授のK氏については、東大が1990年〜2011年に同氏が関わった165編の論文を調べて、そのうちの43編に対して「撤回が妥当」だと判断したと報じられています。これら以外にもあるのかも知れませんが、20年間の論文数として多いのか、少ないのか、この分野の相場は分かりません。しかし、年間8件程度だというのは参考になります。

数年前から話題になっている元東北大学I氏の発表した論文数は2,000編を越えるといわれています。実態が分かりませんが、学術論文1,000件、2,000件が「生涯論文数」ということだとすると、どのようにして論文を書き、レビューアーとの対応をしたのか、想像もできません。しかし、実際にこうした件数の「生涯論文数」を公表しているものを目にします。

「生涯論文数」は、研究者がこれまでに公表した学術論文数のことですから、当然、本人は知っているはずです。研究者が、自らの経歴に添えて社会に発信するときには、正確に伝えなくてはなりません。今や、Google Scholar などでおおよその目安はつくものです。研究者としての評価を高めようとして、一般社会に向けて論文数を誇大に表示するようなことがあるとすると、それは研究者の資質に関わることといえるでしょう。