Daily Archives: 2010-03-10

「情報学」と書いたものの

昨日は、わが国の「情報学」の研究者数について書きました。

ずいぶん前に、「情報学とは」という議論が交わされました。きちんと記録をとっているわけではありません。また、そのような議論にどの程度参加したのかさえ怪しいものですが、少なくともほぼ10年前の科研費の企画調査研究の分担者として参加して議論に参加したことは覚えています。また、手元には、池田克夫氏が代表者を務められた平成12年度科研費「情報学の学問体系に関する共同研究についての企画調査」報告書があって、その中で「情報学教育推進の施策と方向:理工系情報学の担当教員について」報告をしています。昨日の記事の発端になったものです。

そういえば、2004年の「学術の動向」3月号に「情報学分野の今日と明日」という記事を書いて、学術界に報告したことも思い出しました。「学術の動向」とは、「日本や世界のあらゆる分野の科学の動向、日本学術会議の状況、 内外で開催される学術講演、シンポジウムの情報を満載。 編集, 学術の動向編集委員会. 編集協力, 日本学術会議. 発行, 財団法人 日本学術協力財団.定価, 756円(税・送料込)」という広報誌です。

http://www.h4.dion.ne.jp/~jssf/text/doukousp/

折に触れて、このようなことを話したり、書いたりしたことがありますが、今なお、「情報学」が学問としてのディシプリンを確立できたのかどうか、よく分かりません。極言すれば、10年前と変わっていないのではないか、と感じるのです。先日のシンポジウムで話題になったことの多くがそう感じたというのは、ひょっとしたら、私の理解が十分でないのかも知れません。10年前、研究代表者の池田氏からお誘いを受けて研究班に加わったとき、皆さん、先輩の先生方でした。科研費で企画調査研究を行うという計画はそれ以前から始まっていましたので、おそらく、10年以上前から議論していたことでしょう。

日本ソフトウェア科学会の学会誌「コンピュータソフトウェア」に、「『計算機科学』は死語?」という巻頭言を書いたのは1997年9月号(No.5) pp.437-438 でした。

http://nels.nii.ac.jp/els/110003743995.pdf?id=ART0004921720&type=pdf&lang=jp&host=cinii&order_no=&ppv_type=0&lang_sw=&no=1268190094&cp=

時、折しも、現在の国立情報学研究所の設置につながる「計算機科学研究の推進について」という表題の日本学術会議の勧告を政府に提出したところでした。当時、この勧告案をとりまとめておられた学術会議会員土居範久氏のお手伝いをさせていただいたので、その経緯も、その後の成り行きも一通り分かっています。それは別としても、今なお、この巻頭言に書いたこととおなじ気持ちになるのはどうしてなのでしょうか。もちろん、すべてがそうだというわけではありません。その後、私もいろいろと学びましたし、視野も広がったことは自認しています。しかし、依然として、「情報学」というディシプリンがよく分からないのです。

「情報学」分野が学術全体の5%だというのは、決して大きさを誇示しようとしたわけではありません。また、その名のもとにさらに拡大して「勢力」を大きくしようというつもりでもありません。むしろ、明確なディシプリンがないという「情報学」というところに新たな多様な分野(かどうか?)の芽が集まってきているのではないかとの思いで書いたものです。

大胆に言えば、「情報学」には、古典的なディシプリンというものを求めるものではないのかも知れません。私自身は、「情報」に関わる領域の中に「計算」に関わる学術分野があって、そこには他の分野にないディシプリンがあると考えています。もちろん、これが「情報学」のすべてではありません。

「情報学」の研究者数

2010月3月6日には、日本学術会議主催の「情報学シンポジウム」

http://www.scj.go.jp/ja/event/pdf/86-s-3-4.pdf

があったことに触れました。

そのときにも感じたのですが、「情報学」とはどの範囲の学問でしょうか。かなり幅広いことは多くの方々が認識しているでしょう。

以前から、「情報学とは」といった議論がありますが、ここでは、それを繰り返すつもりはありません。現在、文科省の科学研究費では、「総合・新領域系」の「総合領域分野」の「情報学分科」として『情報学』が現れます。『情報学』には、「情報学基礎、ソフトウエア、計算機システム・ネットワーク、メディア情報学・データベース、知能情報学、知覚情報処理・知能ロボティクス、感性情報学・ソフトコンピューティング、図書館情報学・人文社会情報学、認知科学、統計科学、生体生命情報学」といった11の細目があります。とりあえず、これら11の分野を現代の『情報学』とするのが一つの考え方でしょう。

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/science/detail/__icsFiles/afieldfile/2010/02/01/1289168_20.pdf

このような情報学分野の研究者は学術の全分野に対してどの程度なのでしょうか。もっとも、ここでは大学に限ってのことで、企業の研究者の方々についての情報は私には分かりません。科研費の配分データも公表されていますので、これが参考になるでしょう。

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/science/detail/__icsFiles/afieldfile/2010/02/01/1289168_07.pdf

ところが、ここでは、分科・細目ではなく、「分野名」という別の基準によって集計されているのです。その理由は分かりません。「情報・電気電子工学系」というのがあります。ピッタリではないにしても、近いと考えられるでしょう。この分野の採択件数は、かなりの年にわたって6%強です。このあたりが学術全体に占める「情報学」の割合とみてよいでしょうか。

日本学術会議には専門分野として30分野があります。その一つの「情報学」に所属する会員は、全会員210名に対して12名です。また、連携会員約2,000名に対して111名です。これらは、「情報学」が5〜6%であるということを表しているといってよいでしょう。私の所属する総合大学でも、教員数の比率はほぼこの程度だと思われます。

「情報学」の範囲が広いからといって、学術分野の10%が情報学ということはなさそうです。大雑把に言って、5〜6%だと考えてよいでしょう。

それでは、これらの分野の大学教員はどの程度でしょうか。これも、非常に大雑把ですが、私は約2,000〜3,000人だと思っています。少し、古いのですが、5年ほど前に、国公私立大学の約200の理工系情報学科・専攻(学科と専攻の重複あり)に所属する教員(当時は、助手・講師・助教授・教授)2,600名の専門分野を調べたことがあります。学科や専攻に所属するものの、情報学分野とはいえない分野の方々が800名ほどということで、情報学分野には1,800名ということかも知れません。

では、博士の学位取得者は年間、どの程度でしょうか。これも、古いデータですが、2000年の論文タイトル4,000件ほどから、情報学分野だと思われるものを分類しましたが、それによると、年間300〜400名が情報学分野で学位を取得していました。今でも、それほど変わっていないのではないかと思います。2,000〜3,000名の教員が40年ほどで退職して、若手が補充されるということとすると、年間50〜75名分のポストが空くということになります。学位取得者が大学にポストを求める場合にはこのような現実があるわけです。最近では、博士の学位取得後に産業界で活躍する人が増えています。

情報学分野の大雑把な量的把握ができましたが、他の伝統的な分野のこのようなデータを知りたいと思います。とくに、博士課程の学生のことが話題になるときに、入学者が減っているという現実を改善しようという議論はにぎやかですが、学位の取得者が得ることのできる大学のポストについての話はあまり聞きません。このあたりのデータがあれば議論が分かりやすくなると思います。

学術全体の5〜6%が「情報学」、新たな分野としては大きいものといえるでしょう。学術だけでなく、社会に対する貢献も期待されています。